旅の歌 2
大津皇子は持統天皇のきびしい警戒の軍のため、帰邸するとすぐ包囲され、何の理由もただされることなく処刑されてしまったのでした。
いわば謀られた死であり、与えられた死でした。
大津皇子は勝れた詩質をもっていた皇子でしたから、いさぎよく決意のもとに処刑された、と見えるけれど、そのたましいは如何ほど怨霊となって明日香をさまよいつづけたことでしょう。
大津皇子が処刑されると、まもなく姉宮の大伯皇女は斎宮の任をとかれて、伊勢から都へかえりました。
一説には、処刑40日後であったとも言われ、その後はしばしば天地をゆする地震が起きつづけたとも言われています。
「大津皇子さまの不当な処刑の呪誼にちがいない」とも言われました。
しかし、その間に大伯皇女は、たった一人の血を分けた弟宮の死をいたみながら、さびしい孤独の身を大和へ運びました。
切ない旅でした。