旅の歌 3
神風の伊勢の国にもあらましをなにしか来けむ君もあらなくに
見まく欲りわがする君もあらなくになにしに来けむ馬疲るるに
〔今は逢いたいと思う君もすでにいないのに、何でこのような思いをして大和へかえったのでありましょう。〕
〔弟のいなくなった大和へは来るのではありませんでした。馬が疲れるだけの哀れしかありませんのに。〕
・・・伊勢から、伊賀越えをしたと思われるこの大伯皇女の旅は、弟が刑死であっただけに、落塊の長い旅路であった筈です。
斎宮として、伊勢に出仕するときの晴れ晴れしい行列とは打って変わって、ひそかなものであるのも切ないものでした。
大津皇子は大和へかえる時、どの間道をとおっていったのでしょうか。
大伯皇女は旅のみちみち、傷ましい皇子の死を思い、早く母をうしなったために蒙る姉弟の不運を思わずにはいられないのでした。
ひとりの旅は更にさびしいものでした。
大和につくと、馬来田につくられた大津皇子の墓のあたりから、鬼火が夜な夜な燃えて、時には浄御原の方へ、ゆられゆられて浮遊する、という噂をききました。
さぞかし弟宮は口惜しかったであろう、と目がしらが熱くなったけれど、やがてこの怨霊説をおそれるかのように、馬来田から二上山に大津皇子の墓を移葬する命令が出されました。