完全ミイラの話 2
昭和10年頃の刊行かと思いますが、楠瀬正澄という報知新聞の記者をしていた方の著書で『世界奇話異聞集』という本を読んだことがあります。
・・・この中に珍しい完全ミイラの話が紹介されていたのです。
それによると・・・
明治維新の直後、五代友厚、森有礼らと共プランスに留学した青年の中に中村博愛という人物がいた。
この人は貴族院議員を勤めたのち、明治30年代に亡くなった。
彼は、生前から自分の菩提寺に、自分で設計した通りの墓を造らせており、死の間際に遺言を残した。
「自分は、イタリアで墓の研究を、フランスでは医学を学び、生きたままの姿で造体を保存する方法を会得した。
イタリアで学んだ墓はすでに造ってある。
あとはフランスから持参した秘薬(おそらく防腐剤)を、私が死んだなら注射して、私の指示通りに葬ってほしい」
というのだ。
家族は、遺言通りにして、10年後、本当に処置が正しかったかどうか、親類縁者立会いのもとに墓を開いてみたそうだ。
なんと、信じられないことだが、中村氏の遺体は生前そのままに保存されており、頬には赤みさえ帯びていたので、一同驚嘆したと伝えられている。
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